『遠野物語の向こう側』
『遠野物語の向こう側』に位置する地域と遠野郷の日常の暮らしの内実はほぼ同質である。にもかかわらず『遠野物語』が醸し出す不可思議さは何か――。
実際の聞き取り調査で得たデータと、三百年間におよぶ年表、土地制度を座標軸にして『遠野物語』を読み解いた労作。
著者は、三件の国指定重要有形民俗文化財に携わり、遠野郷の北側に隣接する北上山地民俗資料館の名誉館長を二十数年務めてきた名久井芳枝研究員。
本書は、民俗調査を長年にわたり積み重ねながら、『遠野物語』に感じる拭いきれない違和感の正体を考え続けていた著者の全方位的考察をエッセーとしてまとめたもの。
『遠野物語』に見える、さらわれた女性たちの気持ちが汲み取れずにいた著者は、調査を通じて「友子制度」の実態を知るにいたり、そこでもがいていた女性たちの心境に辿り着いたことで、やっと違和感から解放されたと記している。
さらに、非日常的な怖い話や噂話が浮遊していた背景には、現実的な社会経済構造として、鉱山産業で働く人々と里人との間に存在した異文化の衝突があったと著者はとらえている。
2021年11月刊 A5判 416頁
名久井芳枝著
【 Amazonにて販売 】
定価 3300円(税込)
Kindle電子書籍版 2200円(税込)
【目次】
序章
一 未知の世界
二 未曾有の大震災
三 私の心に生まれた基準線
四 柳田國男の物質文化論のその後
五 「もの達」の最後
六 学界に潜む悪しき空気
七 私の中の高群逸枝
八 何故『遠野物語の向こう側』なのか
宮古市北上山地民俗資料館との御縁/民俗調査の歩み/ご高齢者の命と競走
九 仕事への準備
柳宗悦の民藝学/「ごみ、がらくた」と言われた文化財
一〇 民俗学という概念から解き放されて『遠野物語』を読む
Ⅱ章 時の流れと社会背景
一 年表一五九八(慶長三)年~一九四八(昭和二三)年
二 庶民と大地
三 「刈分小作・名子制度」の実例
1 畑小作
2 山林原野の利用
炭焼き/放牧地/用途別の育樹/「かっぱ」の利用/牛の飼育/養蚕/養蜂
四 土地は永久の財産である
Ⅲ章 遠野物語の向こう側から見た『遠野物語』『遠野物語拾遺』の世界
一 生活の基盤
1 住まい
炉と機 (はた)
2 萱刈り
3 川の活用〈 生活用水 〉
水をめぐる私の体験談/いろいろな場所で見かけた[まつぶね]/ばったり ・ みずぐるま(水車)
4 春木(薪)伐り ・ 煮炊き ・ 暖房
[木割り台]と[木割り]
5 茸 ・ 木の実
6 火入れ ・ 草刈り ・ 放牧
山焼きの許可制/女たちが担った「じき汲み」/『萬葉集』にうたわれた萩
7 百姓の心構えを定めた「御触書(おふれがき)」
二 物資の交流
1 街道を行き交った物資
物資交流の道/行商のお婆ちゃんと私
2 向こう側の世界
3 「けやぐ」と「藁しょい」
4 魚油 ・ 干鰯 (ほしか)
三陸沿岸に恵みをもたらさなかった海の幸/英国女性イザベラ・バードの体験
5 『遠野物語拾遺』の中の「油取りの話」と松根油
三 命 〈 結婚 ・ 女性の生理 ・ 出産 ・ 育児 〉
1 結婚
嫁取り/嫁迎え/ひやいわい(部屋祝い)/受け取り渡し/祝宴/マタギの世界に垣間見た柔らかな感情
2 女性の生理
3 出産
4 育児
5 生理の話題がタブーだった時代
6 家族関係 ・ 人間模様
英国女性イザベラ・バードが観察した家族関係/「盛岡藩雑書」に垣間見た人間模様
7 昭和以前の女達の苦しみ
間引き/生き抜くために必須だった衣類の調達
8 世界の女達の苦しみ
捨て子
9 衣類の環境
【考察】 なぜ[綿桛]を盗んだのか
日本の「ワタ(綿)作」/古手木綿/「のぼり (おくみ)」のない[みちか]と蚊/「盛岡藩雑書」の中に垣間見た衣類の環境
四 死 〈 葬儀 〉
(一) 葬儀
(二) 墓地 (墓域)
【考察】 「はか」イコール墓ではない
大災害の痛み/自然から学ばれた悟りの境地
五 自然との共生 〈 野生動物とのかかわり 〉
1 キツネ
2 オオカミ
3 ヘビ
4 クマ
5 サル シカ イノシシ
6 川や田圃の生き物
北上山地の自然 (昭和四〇年代~平成二〇年代)/『萬葉集』にうたわれた[網代木]と[梁]
六 災害
1 地震・津波
記録の中の地震津波/『遠野物語』の中の津波/災害からの教訓
2 洪水
イザベラ・バードの旅/〈 洪水 ・ 川 ・ 橋 〉
3 火災
4 廃仏毀釈
「神仏分離令」がもたらした悲惨な状況/「仏様は子供と遊ぶのが好き」という発想で乗り越えた痛み/イザベラ・バードがみつめた「廃仏毀釈」
5 飢饉 ・ マヨヒガ
記録の中の飢饉/飢饉や疫病の中で生きた人々/『遠野物語』の世界 ・ マヨヒガに見る相互扶助の発想/山の暮らしに見た生きる知恵
七 経済活動の表と裏
1 金山 ・ 銅山 ・ 鉄山
(一) 『萬葉集』にうたわれた陸奥(みちのく)の金(くがね)
(二) 尾去沢鉱山との御縁
(三) 金銀銅山と鉱山組織
(四) 南部領の産金活動
(五) 『遠野物語』『遠野物語拾遺』の中に見る産金活動
(六) 『遠野物語』『遠野物語拾遺』の中に見る産金活動の残影
(七) 金稼ぎに関係するマヨヒガか?
(八) 金採取の利権獲得に躍起となった時代
⑴ 山男・山女・山の神・山臥・天狗・天狗の衣
⑵ 天狗の衣とマタギの[かっぽ]
⑶ 怖い話
⑷ 猿の経立(ふったち)
⑸ 親戚と[わんばり]は一代ではできない
⑹ 山本鼎の木版画「漁夫」
(九) 製鉄産業へ
鉱山の日常生活
2 神隠し・人さらい
女達の複雑な心境/女をさらった男はどういう人?/女が家に戻らなかった社会背景
3 異国の人 耶蘇教
異人の足跡/鉱山と隠れキリシタン
4 鉄道敷設 ・ 枕木取り ・ 流送 (木流し)
鉄道敷設の足音/枕木取り(枕木造材)/木流し (流送)〈 枕木 ・ その他 〉〈 春木 (薪) 〉/早池峰ヒバ(ヒノキアスナロ) ・ 森林軌道/『萬葉集』にうたわれた「木流し」
5 炭焼き
木炭生産量全国一位/マタギが使った炭と銃 (秋田県北秋田市阿仁町根子)
Ⅳ 終章
一 忘れがたい人々
1 記憶の小部屋
2 見事な[鉤爪]の右手
3 炉を跨いではいけない?
4 生活用具は「ごみ、がらくた」ではない
5 「もの」は懸命に生きた人々の営みの証明
6 川井村の人々が残した記録
二 基準線を設けて見えたもの
三 『遠野物語』『遠野物語拾遺』の中に生きた人達
おわりに
年表
引用文献
地図〈本書に登場する地名の位置〉